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3月12日はじまりのごはん/行列 67「うちの近所の公園には札幌市の給水車が来ました。」

NPO法人20世紀アーカイブ仙台 & わすれン!協働企画



この記事は、「3月12日はじまりのごはん」の展示期間中に来場者が貼ったふせんやパネルの様子を紹介するものです。展示された各パネルの概要は[いんでっくす]ページをご覧ください。

▼「3月12日はじまりのごはん」とは
▼ふせんのコメントについて



[2014年秋]展示パネル

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[2014年秋]展示概要
期間:2014年10月1日〜11月16日
会場:せんだいメディアテーク



[2015年春]展示パネル

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   ※[2014年秋]展示時のふせんが付いたパネルに、来場者がコメントを書き足したものです。

[2015年春]展示の様子
期間:2015年2月20日〜3月18日
会場:せんだいメディアテーク




[パネルに寄せられた来場者のコメント]
写真の内容や場所に直接関係のないコメントもあります。

▷内陸(仙北)の町には大仙市から給水車が来てくれました。近所の町議さんが列をしきってたなぁ…。

▷うちは山口のガス会社さんでした。むすび丸のぬいぐるみをさし上げたら、お兄さん、ニコニコしてました。あの夜のお風呂は格別でしたよ。

▷うちは岡山のガス局さんに栓をあけてもらいました。涙が出る程嬉しかった。

▷うちの近所の公園には札幌市の給水車が来ました。

▷もう水くみはたくさんですね。長いまち時間やっと番がきても思うようにもらえなくて、もう水の苦労はしたくありません。

▷県外のナンバーをいっぱい見かけた。県外の方にいっぱい助けてもらった。

▷となりのおじさんが会社の業務タンクに沢の水(?)を汲んできてくれた。「まだあるから入れ物もっておいで!」といってくれたけど、重くて思わずえんりょしてしまった。でも助かった!!

▷大震災の時 自宅のある仙台を離れて弘前で勤務していました 仙台に戻れたのは5月のGW… 何枚ものガスの開栓のための立ち会いのお知らせが入っていました 「中部ガス」の方たちが私のエリア担当だったみたいです 大変ななか、きっと私がガスを早く使えるように何度もいらして頂いていたのだと思うと本当にありがたくて涙が出そうになりました。直接仙台で被災はしていませんが、本当に色んな方に助けて頂いたと思います

▷マンションも停電で断水したけど地上の給水タンクを開放してくれたので、飲料水には困りませんでした。

▷妻と娘であるいてたら「母乳出てますか?」と若いお母さんに呼び止められた。ありがとう

▷給水に長蛇の列。ポリタンク5〜6コ汲む男性に、並んでいた人たちがこそこそぶつくさ言ってましたが皆、がまん。本当、がまんしてたよね!

▷大阪ガスの皆様。ガスを使えるようにしてくださり、ありがとうございました!! その上、やさしさあふれる言葉に感謝です!! お礼にさしあげたお茶、ぬるくてすみませんでした


ふせんのコメントについて
この展示には、仙台市内はもとより、沿岸部・内陸部、宮城県内外、国内・海外を問わず、大人から子どもまで、さまざまな立場の方々が来場され、展示された震災時の写真から想起したことを、ふせんに書いてくださいました。ここでは、その寄せられたコメントの原文を、そのまま掲載しています。





[基になった写真]

2011年3月23日仙台市

2011年3月23日 宮城県仙台市太白区松が丘
記録:仙台市





「3月12日はじまりのごはん」とは
炊き出し、買い物、食卓の風景など、震災時の「ごはん」にまつわる写真を展示し、それらの写真を見て思い出したことや当時の暮らしぶりなどを、来場者に自由にふせん紙に書いてもらう参加型展示です。この展示は、NPO法人20世紀アーカイブ仙台と3がつ11にちをわすれないためにセンター(わすれン!)が協働で企画しました。
展示された各パネルの概要や利活用事例等は[いんでっくす]ページをご覧ください。





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センターについて

せんだいメディアテークでは、市民、専門家、スタッフが協働し、東日本大震災とその復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していくプラットフォームとして「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(わすれン!)を開設しました。

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